2009年6月アーカイブ

『不都合な真実』の訳者であり、同時通訳者や環境ジャーナリストとしても広くご活躍の枝廣淳子さんのご登場です!超多忙のスケジュールの合間を縫ってインタビューに応じてくださった枝廣さんに、翻訳を始めたきっかけ、『不都合な真実』翻訳秘話、翻訳におけるビジョンなどを語っていただきました。4月16日に『あなたも翻訳家になれる!―エダヒロ式 [英語→日本語] 力の磨き方』を出版し、翻訳業界への貢献をさらに深める枝廣さんの、翻訳に対する想いを凝縮してお届けします!


枝廣 淳子 さん Junko Edahiro
東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。2年間の米国生活をきっかけに29才から英語の勉強をはじめ、同時通訳者・翻訳者・環境ジャーナリストとなる。環境問題に関する講演、執筆、翻訳等の活動を通じて「伝えること、つなげること」でうねりを広げつつ、行動変容と広げるしくみづくりを研究。世界と日本をつなげる役割としての翻訳者を育て、活躍の場を提供する取り組みも行っている。

Q.渡米をきっかけに本格的に英語の学習を始められ
  同時通訳者として活躍するに至られたと 伺っていますが、
  「翻訳」を仕事として意識されたのはいつ頃ですか?
  またそのきっかけは何でしたか?
 渡米後、通訳になるために勉強を始めましたが、しっかりとした訳文で通訳ができるようになるために、通訳学習の一環として翻訳の勉強を始めました。その頃は翻訳を仕事として意識してはいませんでしたが、翻訳の面白さは感じていました。帰国後、日本で通訳学校に通うために何かアルバイトをして学費を作ろうと思いました。しかし、帰国の3ヶ月後に2人目の子どもが生まれたので、家に居てもできる仕事がないかと考え、在宅翻訳を始めることになりました。
 
Q. はじめて翻訳の仕事をしたときのことを教えてください。
 新聞で翻訳者募集の求人広告を見つけ、履歴書を送りトライアルを受けました。ご夫妻でやっていらっしゃる小さな会社で、翻訳者を育てようという意識のある会社でした。トライアルも100点ではなかったと思いますが、可能性を感じて採用してくださったと思います。
最初の翻訳はアメリカかカナダの新聞記事の一部を翻訳するというものでした。ゲームソフトの翻訳もあり、「ドキューン」とか「ドバーン」などの効果音をたくさん訳したこともあります。ここでの翻訳の仕事でとてもありがたかったのは、必ず社長さんが私の翻訳に丁寧に赤を入れて戻してくださったことです。お金をいただきながら勉強をさせていただいているようでした。この頃は分野を問わずに仕事をさせていただきましたが、ここの社長さんから「自分の専門を見つけて本を翻訳するようになりなさい。お金になる翻訳は他にもあるけれど、それだけでは先に進めないよ。」と出版翻訳を強く勧められたことが、現在書籍翻訳に携わることにつながっていると思います。
 
Q. 翻訳の学習方法についてお聞かせください。
 もともと翻訳の学習はあくまで通訳の勉強の一方法という位置づけでした。通訳の場合は瞬時に言葉を選ばなければいけませんが、翻訳はより良い表現や言葉を見つけるために時間をかけることができますので、翻訳の仕事をするようになってボキャブラリーや表現力を磨いていくことが大切だと感じました。その時の助けになるように本を読んだり、社内の吊り広告などを見てよい表現などがあったら手帳に書き込んだりしています。通訳訓練としてのサイトラも翻訳の勉強に役立ちました。
 
Q. 翻訳という仕事の醍醐味とは何でしょうか。
  また、苦労や困難といった面で感じていらっしゃることはありますか?
 翻訳と通訳の向き不向きという点でいえば、翻訳は持久力、通訳は瞬発力がある人が向いているなどといいますが、私の場合はどちらも違う筋肉を使っているようで両方好きです。金銭的な面から通訳の仕事に集中した方がいいのでは、と言われることもありますが、翻訳でしか味わえない楽しさがあるのです。言葉を練り上げ、作り上げ、「これだ!」とひらめいた時の楽しさです。またビジネス翻訳と比べて出版翻訳では、翻訳が本として形に残り、多くの人に長期に渡りメッセージを伝えることができる、そんな広がりがあるのが書籍の翻訳の良いところです。時間がかかる仕事ではありますが、翻訳を辞めようと思ったことはありません。
1 日中翻訳をすることにまったく苦はありませんが、とても気分がのって何時間でも翻訳し続けられるときと、扱っているテーマなどによってはなかなか気分がのらず、自分で自分を押していかないといけないときがあります。そういう時は「自分マネジメント」をしていきます。小さなゴールを作ってそれを一つずつつぶしていくことでリズムを作っていきます。翻訳には持久力、すなわち長時間の翻訳でパフォーマンスを落とさない力が大切です。
翻訳を教えている中でも感じますが、最初のところだけならプロの翻訳者とアマチュアはそれほどパフォーマンスが変わらないのですが、ある程度の分量になるとアマチュアはパフォーマンスががくっと落ちます。それを落とさないように自分を回していく仕組みが必要です。同時通訳の場合15分ほどしか続かない大変高い集中力を要しますが、翻訳でその集中力を使ってはとてももたないので、集中力の程度をぐっと下げ、十数時間続けられる集中力で翻訳に取り組みます。このように集中力のコントロールができることの一つには、大学(院)で心理学を勉強していたのでそのバックグラウンドがあると思います。常に自分を被験者のようにみて、どうしたら翻訳作業を継続できるだろうと自分の客観的に診断し、その時々で一番合ったやり方を探します。
通訳だと仕事が終われば「お疲れさま!」と打ち上げができますが、出版翻訳の場合、納品しても刊行されるまでにさらに数か月がかかり、完全な終わりがなかなか見えず、そのうちにまた別の翻訳が始まってしまうので、本になったから、みんなが褒めてくれるからといった外的なご褒美がなくとも自分で動けるような体にしておくことが大切ではと思います。
 
Q. アル・ゴア氏の著書『不都合な真実』の翻訳で
  印象的なエピソードをお聞かせください。
 最も大変だった翻訳といえばやはりこのゴアさんの本になります。もともとこの本には環境関連の集まりのためアメリカ出張に行った際に、代表的な環境活動家の方々に映画の方を勧められました。アル・ゴアさんが環境についてプレゼンしている映画だと聞いて、最初はどう考えても面白そうな映画ではないなと思いましたが、観た後にはとても感動して空港や映画館に平積みしてある原書を手にとって、誰が日本語に翻訳するのかな…と思っていました。
その後半年ほどたったある日、環境関係の知人からこの本の日本語翻訳者を探しているとメールがきたのです。映画に感動し内容にも感銘を受けていましたのでぜひやりたかったのですが、一番の問題はスケジュールでした。原書の文字量から3〜4か月はかかると想定しましたが、最初の打ち合わせで25日間でやってほしいと言われました。数か月後にゴアさんが来日する際に日本語版を献本したいと。印刷や製本を逆算すると25日間しかないと。この25日間に海外出張が 2回、国内の講演も複数あり、丸一日作業できる日は4日間しかなかったのです。普通では考えられない短納期ですが、もし私が翻訳をしなかったらこの本はどうなるのかを考えました。おそらくは複数の翻訳者が下訳をし、それをまとめるようなやり方になると思います。いろいろな人がばらばらのトーンで訳したものを集めただけになり、私の大好きなこの本が生きてこないだろうと。そこで私がやります!と返事をしました。
その後25日間は飛行機の中もホテルでもひたすら翻訳です。原書は大変厚みがあり重いので、一章ずつにページを引きちぎって持ち歩きました。翻訳自体は至福の時間でしたが、条約名や動植物、人物名など膨大なリサーチまで自分でこなすことはできません。そのため、翻訳仲間を募ってリサーチチームを作り、リサーチと翻訳を並行して進め、なんとか25日で翻訳を完成させました。
私の場合、翻訳は原書をサイトラして読みあげた日本語をレコーダーに入れ、テープ起こしをしてもらって抄訳原稿をつくる、という方法をとっています。翻訳作業で時間がとられるのは「目の移動」です。翻訳の仕事を始めたころ、まとまったボリュームの仕事でなかなか進まずに、自分の何が悪いのかやり方を観察してみると、タイピングと目の移動に時間がかかりその間は実際に翻訳をしていない無駄な時間だと思いました。ではそれをなくすにはどうしたらいいかと考えて、サイトラを録音するという方法に達しました。過去20冊以の訳書は全部サイトラで訳しています。過去10年以上にわたる経験と、半年前のアメリカ出張の際に原書に出会い、内容理解だけでなくこの本に対する熱い想いをすでに持っていたこと、環境分野であったこと、そしてチームの存在などがこの本を訳すにあたって非常に大きな助けになりました。
サイトラで翻訳している時に、ゴアさんの声で日本語訳がでてきて、私はそれを読みあげるだけでいい、というような不思議な感覚におちいりました。ゴアさんが自分にのりうつったみたいですね。その後ゴアさんと直接お会いしましたが、いい翻訳だと周囲から聞き、短い時間だったのに大変だったね、と言ってくれました。今年11月にゴアさんの新著『Our Choice』がアメリカで出版されますが、また日本語訳を担当させていただくことになっています。
 
Q. 環境問題、自己マネジメントなど多岐にわたる活動を展開される中で、
  翻訳業との両立をどのように図っていらっしゃいますか。
 全体の3割くらいを現在翻訳にあてています。海外・国内出張など多数あって、自宅でゆっくり翻訳はできません。一番翻訳が進むのは出張先のホテルです。ご飯も作らなくていいですし。翻訳以外にも様々な活動をしていますので、マルチキャリアともよく言われますが、自分の中ではやっていることは一つなのです。それは「伝えることとつなげること」です。
「伝える」は、日本国内では講演や執筆になりますし、世界と日本を「つなげる」ことでは翻訳や通訳、またNGOを立ち上げ日本の環境関連の情報を海外に発信する活動もやっています。自分のやりたいことと今の社会の動きをみて、どことどこをどういう形でつなげる仕事が必要なのだろうと考えて行動します。以前は環境への世界のすすんだ取り組みを日本に伝えようと日本語訳をずいぶん手がけましたが、今度は英訳、つまり日本のいいものを世界に伝える活動もしたいと思っています。
出版翻訳の点では、海外のものを日本で読んでもらえるレベルに訳せる人は少ないと思います。とくに環境分野に関心・知識があって翻訳ができる、という人は少ないです。以前、海外のよいものを日本に伝えようとしたときに、自分がボトルネックになっていたと感じた時期がありました。つまり、私が使える時間分しか海外のよいものを日本に紹介できないと。これを解消するには私以外の人が同じように翻訳ができるようになればいいと。そう思いついたのが2000年で、それ以来環境問題に関心と問題意識がありかつ翻訳ができる人を育てる活動を行っています。海外で面白い原書があったとき、自分が全部を読もうと思うとずいぶん先のことになってしまうので、チームの中でやってくれる人に頼みます。私の役割はよい情報を見つけるアンテナで、実際の作業はチームで行います。大事なのは、私が何冊翻訳をしたかということではなく、伝えたい情報を日本に伝えているか、ということです。その時その時で一番いい状態で翻訳をするようにしています。
 
Q. この度、『あなたも翻訳家になれる!』を出版なさいましたが、
  この著書を通して読者の方々に伝えたいことは何ですか。
  また、今後どのように翻訳の道を進んでいっていいのか分からない
  という悩める方々にアドバイスをお願いします。
 自分マネジメントなどのセミナーで「ビジョンを作る」という話をよくします。例えば翻訳を始めたばかりの方には「誤訳なく翻訳をする」ということがベーシックなビジョンになるかと思います。私自身も最初の頃はそうでした。登山に例えられますが、山を登っているときにあの頂が頂上かなと思って登ってみるとその先にもっと高い頂があって、さらに登り続ける感じです。最初は赤(赤字チェック)が入らない翻訳をするというビジョンを掲げ、だんだん赤は減ってきたけれどもでも自分の訳文は堅いな、と感じ、次のビジョンは「読みやすい訳文をつくる」になります。このように進んでいった結果、今は私自身が翻訳をしなくてもいいから、翻訳ができる体制を作りたいということが次のビジョンになっています。これは最初から思っていたことではなく、いくつも山を乗り越えていく中で見えてきたものです。翻訳者を目指している方が、始める前か、スタートしたばかりか、ある程度翻訳をしてきた方なのか、それぞれのステージによって目指さなければならないことがあるのだと思います。小さなビジョンを確実にこなすことなく、遠くのビジョンばかりを見ようと思ってもそれは絵に描いた餅に過ぎません。目の前にある山に近づいていけばかならず次の山、ビジョンが見えてきます。
よく私が言っていることですが、私が今やっていることは、一生をかけてやりたいことの3%くらいで、10年前でも3%くらいしかできていないと言っていたと思います。それはやればやるだけやりたいことが増えてくるからです。きっと死ぬときも3%と言って死ぬと思います(笑)。登山に例えれば、頂上まできたと言って山登りが終わるとは思わず、いつまでたっても先に山があるのが楽しいし、歩んでいくことが人生だと思います。
もう一つのアドバイスは、今見えている山に向かって進む際の進み方についてです。やみくもに進むべきではないということです。例えば、自分の翻訳に添削がついて戻ってきたとします。こういう風に訳せばいいのかと学べるはずですが、それと同時に自分の勉強法や翻訳作業自体も見直すことが必要です。学校の課題やエージェントの仕事をこなすことはもちろん大事ですが、どれだけいい質の翻訳をつくるかだけではなく、どういうやり方で翻訳を仕上げているか、やり方そのものを工夫できないのか、他の人はどうやっているのだろうか、質を落とさず時間を短縮する方法はないか、など常に方法を試行錯誤しながら今の課題に取り組んでいくことが大切です。これをやっている翻訳者の卵とやっていない卵ではまったく進歩が違います。勉強法そのものを意識する、ということをアドバイスしたいと思います。
『あなたも翻訳家になれる!』では勉強法のコツやどうやって仕事につなげていけばよいのか、などを紹介しています。本の出版と同時に、メールでも講座を開きます。本を読んでやってみたいと思った人がメール講座で実践できるという形です。こうして翻訳者を目指す方々の裾野を広げて、ここから上がってきた翻訳者をひっぱりあげて実際に活躍してもらえる体制も別に作っています。また、一番上のグループでもうちょっとレベルアップすれば独り立ちできるというレベルの方々を対象とした翻訳道場という講座も用意しています。翻訳者の裾野を広げる本と、実践的な学習ができるメール講座と、翻訳道場、自主勉強の場があり、よい人材が現れたら私たちのチームに入ってもらって一緒に翻訳をやりましょう、とやっとここまで全体のシステムができたかなという感じです。もし私がいなくなってもどんどん翻訳者が育つような仕組みを作っていかないと、日本と世界の隔たりを埋めていくことはなかなかできないのではないかと思っています。

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